結構あるじゃん、見るとこ小机
 私の知り合いから「探検隊で小机を取りあげてください。」と言われ、私も小机を知らない所がたくさんあったのでやってみようと思いました。行く前にインターネットで調べたら昔からの商店街があるので、今はどうなっているか見てくることにしました。隊員の田ンドンは別の仕事のため今回はお休みです。
JR小机写真
■小机ってどこにあるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜駅からJR横浜線・八王子行に乗って四駅 160円小机駅があります 小机の場合は日産スタジアムがありますが、快速が止まらないので少し不便かもしれません。

@ ホーム
小机駅は構造体式ホーム2面2線の高架駅です。 前回の大倉山駅と違いホームから電車の高さが同じでした。

@ エレベーター
ホームから地上までのエレベーターがあり通常のエレベーターは、出入り口が同じ方向にあります。(一般型)北口と南口にエレベーターがある為便利だと思いました。

A トイレ
一般のトイレの入り口に案内放送があり、視覚障害者に とってはありがたいと思います。(例)右側は男子トイレ、左側は女子トイレ、手前に多目的トイレが設置してありました。」多目的トイレは鍵が掛かっていて、いちいち駅員に知らせなければならないので不便です。一般の人が使ってしまうので鍵がかかっているのだと思います。

B 改札口
小机の改札口はちょっと狭いので通りにくいかったです。

C 券売機
券売機はタッチパネルで私の手だと認証しにくく押しにくいために苦労してしまう。 券売機の向かい側が大きな窓ガラスになっているため太陽が反射してタッチパネルの中が見にくかったです。

D 駅の中は売店も何も無く殺風景でした。

E バスターミナル
バスは相鉄バス(西菅田団地経由〜横浜駅西口行き)のみ。 あとのバスは上麻生通りに発着します。 ターミナルはタクシー乗り場になっています。

壁のはりがみトイレを調査中
アツシのバリアチェック
★ ホームから地上に降りるまでエレベーターがあり便利です。多目的トイレは鍵が掛かっていていちいち駅員さんを呼ばなければならないので不便です。
 
■小机のお勉強

 開業当初、当駅の周辺には田畑が広がるのみで、人家はわずか二・三戸しかなかったという。しかしながら大正時代の末期にようやく駅附近の開発が始まりやがて当駅の周辺に家々が立ち並ぶようになった。これによりそれまでは小机城のふもと、堀崎にあった小机の中心部も、当駅の近くに移ってきたのである。

1908年(明治41年)9月23日 - 横浜鉄道東神奈川駅〜八王子駅間の開通時に開業。
1910年(明治43年)4月1日 - 鉄道院が借り上げ。
1917年(大正6年)10月1日 - 国有化され、国鉄の駅となる。
1972年(昭和47年)3月5日 - 貨物取扱が廃止。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
1998年(平成10年)10月 - 橋上駅舎が完成。

 まず私が行ったのは小机城址です。 行くまでに大きな家や畑がたくさんありました。小机城址への道の看板が小さくてわかりにくいので見落としてしまいます。 入口の坂は狭くて勾配がきつく車椅子では難しいです。残念でした。
小机城が築かれた時期についてはよくわかってはいないらしい。一説には1400年代の中頃だろうとも言われ、当時の関東管領の上杉氏による築城と考えられているようだ。小机城が歴史の舞台に登場するのは1400年代後半のことだ。山ノ内上杉氏の家臣であった長尾景信の死後、景信の嫡子景春が家督相続争いに端を発して上杉氏に反旗を翻すが、この時景春側の拠点のひとつとなったのがこの小机城だった。太田道灌率いる上杉軍の二ヶ月間にも及ぶ攻撃の末に小机城は落城、その後いったんは廃城となる。
1500年代に入って北条氏一族の領有となり、南武蔵の拠点として改修、笠原越前守信為が城代となって小机の地を支配下に置いた。やがて豊臣秀吉が小田原城を攻め落とし、小田原北条氏が滅亡すると、四代目城主笠原弥次平衛重政は徳川家康の家臣となって台村(現在の緑区台村町辺り)を領有し、それにともなって小机城は再び廃城、歴史の舞台から去って行く。笠原弥次平衛重政はその後大阪で没したが、遺骨は小机の雲松院に葬られた。雲松院には横浜市の地域文化財となっている笠原一族の墓所がある。
現在の「小机城址市民の森」は、その名の通り小机城の遺構の残る丘陵を「市民の森」として整備したもので、4.5ヘクタールの広さがあるということだ。毎年四月には「小机城址祭り」も開催され、地元の人々には憩いの場として親しまれているようだ

市民の森入口付近
★入口の坂は勾配がきつすぎて電動でもいくことができません。
アツシのバリアチェック
■遊水地管理センターに行ってきました

鶴見川の歴史(鶴見川の氾濫と戦う人々) 鶴見川流域(上流、中流、下流)の森や田畑、住宅の変化、鶴見川にすむ魚たち、管理センターの役割などの説明を聞きました。

因みに川にいる魚
上流  アブラハヤ
中流  フナ・オイカワ・アユ
下流  マハゼ  

新羽付近まで海水が入ってくるそうです。(源流は町田市の山の中にあり1日1300tの水が湧き出ている。)水槽の横では魚に触れられるようになっているので子供も楽しめます。 屋上からは遊水地の全体の様子が見渡せます。
http://www.tsurumi365.info/center/index.htm

水槽小机地域航空写真
★ 車椅子では川のそばまで行けないので川の様子を見ることはできませんが、遊水地管理センターへ行くと航空写真や展示物がたくさんあっていろんな事が学べます。
■食事処
 京鮨は43年前から2代続くお寿司屋です。商店街で昨年2件の店が後継ぎが居ない為に閉店してしまいました。昔は道路の幅も狭く道がぬかるんでいて、女将さんが嫁いできた時は朝起きたら道路の馬や牛の糞が落ちていてそれを始末することが日課となっていたそうです。ちなみに私はお刺身定食でした。Sさんはから揚げ定食でした。後から牡蠣定食を食べたかったと言っていました。このお店は車椅子でも入店可能ですが1台限りですのでお早めに入店してくださいね。
店先の写真店内カウンターお刺身定食

長寿の卵
 91歳のおじいちゃんが卵を売っていました。昔は八百屋さんでおばあちゃんと一緒にやっていました。おばあちゃんが脳梗塞で倒れてしまい店を畳もうと思いましたが皆の支えを受けて卵屋をやるようになり、新羽の方から毎日持ってくるそうです。

アツシのバリアチェック
★ 中は狭いけれど女将さんも板丁も親切に対応してくれ温かいお店でした。 お刺身は新鮮でご飯もボリュームがあり、煮物、具だくさんの味噌汁つきでなんと980円。
文句なし☆☆☆☆☆
卵販売店先

雲松院
 小机駅から徒歩3分くらいの場所に雲松院があります。ここは500年続く寺で、今の住職は32代目だそうです。庭は広くて立派な枝垂れ桜があり落ち着いた雰囲気でした。

御寺入口写真

鯛乃家
平成19年12月にオープンしました。駅のターミナルの方から入るとスロープと自動ドアがあり入りやすいです。中は小さいテーブルが四つしか置いていないので車いすが動きやすくなっています。メニューは小倉とクリームがあります。皮は薄くて美味しかったです。甘い物が好きな人にはお勧めです。☆☆☆☆☆ ※五つ星 小机編から私の独断でおいしい物をみなさんに伝えたくって星(☆)をつけました。


お店先タイ焼きの写真
エピローグ
  小机は田んぼと畑と空き地が多いので、田舎っぽいなーと思っていました。しかし田んぼと畑がないと鶴見川が氾濫して洪水になってしまうので残してあるようです。もし福祉の建物が必要になって、その土地に許可がおりれば建ててもいいそうです。商店街は後継ぎがいない所が多く、閉店するお店が増えているといっていました。たしかに、商店街を歩くと看板はあるのにシャッターが閉まっているところがたくさんありました。昔はだいぶにぎわっていたのではないかと思います。このままでは何だかもったいないとおもいました。
特定非営利活動法人COREは小机にあります!
COREとは私が所属している障害者団体で、小机駅から歩いて二十分のところにあり、ヘルパー派遣と障害者の地域参加と自立を支援する仕事をしています。COREは、社会や人に対して透明かつ公平であること、また人や社会に誠意をこめた形でありたいという思いにより、特定非営利活動法人での活動を希望しました。 私たちが行おうと考えている活動は、社会よりも人に起を発し、人に対する人的サポート活動1つ1つが前例となり、社会全体への啓発活動としてつながればと考えます。